元興寺:奈良

奈良の一日目、最後に訪れたのは『元興寺』です。
地味なお寺ですが、ここのお寺も世界遺産に登録されています。
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拝観しようとしたとき
『お客さんら、ここは初めてですか?そしたら、簡単に説明しましょか?』
是非にと説明していただきました。まあ、私もある程度お寺とか仏像に知識があったりするもので・・・説明を聞くだけではなく質問をしたりするもので・・・
説明してる人の、いろんな引き出しが開く開く・・・(^^;)
お寺に入るまでに、30分ほど説明を聞いたような気が(笑)

このお寺は、平城京が出来たときに、それまで都があった飛鳥の飛鳥寺を移築したものだとか。
飛鳥に有ったときは、法興寺。『法を起こす寺』と言う意味で、平城に移ってから、『元興寺』と名前を変えたとか。
つまり、飛鳥大仏は元はこのお寺のものだったと。
もともと、仏教を広めるための僧侶を育成するお寺で、南都七大寺の中で指導的な立場にあったとか。
お盆の行事である『盂蘭盆会』、お釈迦様の誕生を祝う『潅仏会』、組織的慈善活動の始まりといえる『文殊会』、『仏名会』などもこのお寺から始まったそうです。
が・・・平安遷都の後、この寺は衰退していきます
平安時代は、言わば藤原氏の時代。ここのお寺は見捨てられてしまうのです・・・
がっ!
このお寺が今に続いているのは、実は民衆の信仰によるものであるとか。
奈良時代後期に現れた智光というお坊さんは、浄土教の研究に専念し、後に智光曼荼羅として有名な絵を残した、と。
その絵が、庶民の信仰を集めるわけです。
そして、戦火で本堂が焼けた後・・・
『極楽に近いところに住もう』
と、本堂の跡地に人々が住み始め、町を形成していった、と。
それが、奈良で一番古い『町』である、奈良町の始まりである、と。

ま、こんな話を聞いて中に入ります・・・
お堂の中の空間は、なんとも懐かしいような不思議な空間です・・・
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元興寺の瓦、行基葺きという変わった瓦だそうで、この中で茶色っぽい色をした瓦は、飛鳥から移築したときのものが残っているのだとか

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手水の水もいい感じです。

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『極楽の近くで眠りたい』そう思った人たちのお墓でしょうか・・・

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ここには大阪城から運ばれてきた『蛙石』と言うのがあります。

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殺生石との事ですが・・・











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上に蛙乗せられちゃってます(笑)

とにかく、ここは・・・落ち着く寺でしたねぇ・・・
宝物館の『如意輪菩薩』がなんとも素敵でした。

撮影禁止だったけど。・・・つーか・・・
外に出て気がついたのは・・・


境内撮影禁止って書いてあったけど(汗)
お寺の方・・・
『こっちの角度からのほうが、瓦が良く撮れるよ~』
と、教えてくれたのは、特別サービスだったのでしょうか(^^;)