村の鍛冶屋♪

暫しも休まず、槌撃つ響き
  飛び散る火花よ、は~しる湯玉♪
鞴の風さえ息をも息をもつ~ぅがず
  仕事に精出す 村の鍛冶屋♪

あるじは名高い 働き者よ
  早起き早寝の やまい知らず
永年鍛えた 自慢の腕で
  打ち出す鋤鍬(すきくわ)心こもる。♪


昔はあちこちにあった『鍛冶屋』さん。今はすっかり姿を消しました。
鹿児島県に残る鍛冶屋は一軒だけ。隼人町の遺跡、隼人塚のそばに残っています。


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私が学生だった頃は、もっとおんぼろの掘っ立て小屋でしたが、少しきれいになっています。
数少なくなった鍛冶屋さん、ここには全国から注文が来るのだとか・・・
時には、日本刀のようなものも作るそうですが、主に作っているのは農具や包丁などの生活に密着したものばかり。
唱歌、『村の鍛冶屋』で歌われているような鍛冶屋さんそのものです。

刀はうたねど、大鎌、小鎌
  馬鍬に作鍬、鋤よ鉈よ♪
平和の打ち物 休まず打ちて
  日毎に戦う、懶惰の敵と♪

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実は、ちゃんとした打ち物の包丁を買おうと出かけたのですが、仕事場は開いているものの誰も居ません。
帰って、『誰もおらんかったよ』と父に言うと・・・

もあい父:『中に、小さな黒板があったろ?あそこに用事を書いておけば作ってくれるんだ』
『ちょっと高いけどな、作ってくれたものが刃こぼれしたり切れ味が鈍ったら、もって行けば鍛えなおしてくれる。あちこちから注文があるらしいぞ』


こんな鍛冶屋さんが消えたのは、やはり『物があふれるようになったから』なんでしょうかね。
昔は、こういうところで物を作っていた。だから、物が少なく、人々は大事に使った・・・壊れたら修理して、使い続けて居たんでしょうね
今や、修理して使うよりは、新しく買ったほうが安い時代。
包丁や鍋だって、100円ショップで買える時代ですからね・・・
でも、やはり・・・良いものを大事に使うという事が、本来の姿であるような気がします。

稼ぐに追いつく、貧乏無くて
  名物鍛冶屋は 日々に繁昌♪
あたりに類なき 仕事の誉れ
  槌打つ響きに まして高し♪

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開けっ放しの扉から、仕事場を覗かせてもらいました。
やはり、職人の働く場所である事を感じさせます
次回、鹿児島に帰ったら、中の黒板に、『菜切り包丁』と書いて帰る事にしよう