鞍馬寺:京都

リフレッシュ休暇をとって京都を歩いてから、もう二週間。あっという間です。
あちこち回って、その時の事をブログに書こうと思っていたのですが、なかなかそれに取り掛かれず・・・
今日は、鞍馬寺のレポートでも書いておこうかと。
鞍馬寺といえば、源義経が幼少の頃預けられ、山奥で天狗に兵法を学んだと言われている山。一度行って見たかったところです。


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残念ながら、天気は雨。あまり歓迎されていないのだろうか、と(^^;)
山門の前にはこんな注意書きが。


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野生の猿にご注意ください。
猿の目を見ない、かまわない、餌をあげない。

スルーが基本ですか。ブログ界でおなじみの『平和主義者』との付き合いと通じるものがありそうですな(笑)

愛山費として200円を支払い山に入ります。登山道を登る方法もあるけれど、ケーブルカーをつかう方法もあります。
天気も悪いし、そっちを選びます。ケーブル終点まで100円。貸切状態です。


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ケーブルカーを降りて少し歩く。そうすると『天法輪堂』というお堂が。中に入ってみると、丈六の阿弥陀如来像がいらっしゃる。ただ・・・
扉を開けた瞬間に、厳しい視線で睨まれた様な気がする・・・
気のせいか?昨日、千本釈迦堂六観音の前に座り、静かに対話した時には、皆微笑んでくれているように見えた。ここの阿弥陀如来はとても厳しい顔をして私を見ている・・・しばらく前に座り、無言の対面をする。礼は失しないように注意しながら。

もう一回、角度を変えて見てみようと、改めて堂内に入る。いや、どっからみても厳しい顔だ・・・

不思議に思いながら、本堂に進む。本堂の前にはなんか石が置いてある。

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その前で、何かお祈りを捧げている人が居る。いわゆるパワースポットなんだろうか。
本堂に入ってみる。そこで、私は驚くべき掲示をみてしまう・・・その要旨は。


源義経公は戦いの人生を送ったが、奥州では戦いが無益である事を悟って、戦う事を辞めた。
太平洋戦争で日本は激しい戦いで大きな犠牲を出し、戦いをやめることを近い、憲法九条を作った。
平和を守る為には、戦ってはならないのである


なんと、憲法九条教ですかっ!!(驚)
お寺の売店にも、九条がらみの書籍がいっぱい並んでいる・・・
だから私は歓迎されていないのか・・・天気予報では晴れだったのに、雨になったのはそのせいか・・・ココは私が来るべきところじゃなかったのか・・・
気落ちしながら、雨の中歩く。しばらく歩くと宝物館。3階には鞍馬寺の仏像が安置されている。やはり冷たい視線を感じるような気がする・・・
よしっ!ならば、不敬を承知で対話を試みるか。

聖観音像の前に座り、じっと見つめながらこう問いかけてみる。

源義経公は奥州で戦いに敗れました。それは、戦いの無益さを知って戦う事をやめたからなのでしょうか?源義経公のお命は、そこで終わる運命だったのでしょうか。もし、源義経公の遺徳を偲ぶお寺であるならば、源義経公が奥州で命を落とされた事を惜しむのが当然ではないのでしょうか。それとも、源義経公が奥州で亡くなったことが、よりこの世の為になったのでしょうか。であれば、そのご遺徳というのが揺らぎますね。そもそも、身を守る為の戦いを放棄する事を良しとする事は正しいのでしょうか。』

なんとなく、表情が変わってきたように見える。なんとなく、困惑しているような表情に見える。まあ、そんなふうに私には見えるだけの話だけど(笑)

次に、兜跋毘沙門天と向かい合う。

兜跋毘沙門天様、あなたはかつてサラセンの軍勢が攻めてきたときに、山門に降臨して、敵の軍勢を撃破したという伝説のお姿で信仰されている戦いの神では無いでしょうか。その戦いの神がおわすこの山では、『戦ってはならない』という教えがされています。それは正しいのでしょうか。私達が戦いを放棄したら、あなたが代わりに戦って下さるのですか。戦いの神であるあなたの元で、『正しい戦い』を行うという事、それがあなたの本願に適う事ではないのでしょうか。

なんだか、またまた困惑したような表情になってきた。まあ、私の妄想の世界かも知れませんが。

次の毘沙門天にも向かい合う。

毘沙門天様、憲法九条を守り、戦いを放棄する。戦いの神であるはずの毘沙門天様としては、その存在が否定されているって事になりはしませんか。

やっぱり、じ~っと向き合っていると、不思議な事に表情が変わってくる。やっぱ、困ったような顔になっている。
毘沙門天は3体並んでいる。その真ん中にある鎌倉時代作の毘沙門天は、大きく口を開けて、大声で威嚇しているような姿で作られている。その前に正座して見上げてみる・・・
今度は、何も語りかける前に、表情が変わりました。
威嚇しているはずの顔が、大笑しているように見える。
『困った奴が来たもんじゃ』
そんな声が聞こえたような気がする。私は、なんだかおかしくなって、次の最後の毘沙門天の前に・・・

『わかったわかった』
呆れて、そんな声を発しているように見えた・・・

なんとなく、言いたい事を言ってすっきりした気分で、霊宝館を出る。雨はますます強い。

貴船に向かう山道、かつて牛若丸が修行したという山を歩いていくと、ところどころにこんな看板が・・・


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熊とかマムシが出るのん?(汗)
そんな山の中を、傘を差して歩いて超えるのって、結構な修行よね・・・

奥の院に到着。


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650万年前、金星より地球の霊王として天降り地上の創造と破壊を司る護法魔王尊が奉安される。累々と石灰岩の重なる柵内は、日本庭園の源流と言われる磐座である。


650万年前に遡りますか・・・
その頃、人類はいたんですかね?(苦笑)

不敬を承知で申し上げます。正直言って・・・

どこまで本気なんですかね。

多分、私は、もう行く事のない聖地ですね。